セリフは内枠に収める
原稿用紙の解説には、多くの場合「セリフは内枠の中に収める」と書かれています。
もっと言うと「セリフや大事な絵は内枠に収める」と書かれるケースもあります。

ですが、なぜなのか?理由をきちんと説明している事はあまりありません。
漠然と「切れてしまうかもしれないから」というような説明がなされています。
今回、同人誌印刷所のねこのしっぽ様にお邪魔して真相を伺ってきました。
その結果、同人誌向けの原稿制作と、商業・投稿・持ち込み向け(以下まとめて商業誌向けと表現)の原稿制作で事情が違うということがわかってきました。
今回「内枠」の意味を同人誌向け、商業誌向けで分けて解説していきます。
同人誌の場合
1:内枠とは
最初に漫画原稿を作る場合の基本ルールを軽く確認しましょう。
まずは先ほども見ていただいた内枠です。

内枠はセリフを収める基準のラインであるとともに、コマ割りをする時の基本サイズでもあります。
ぶち抜いたコマ以外はここがコマの端になります。
また4コマ漫画を書く際の基準となる大きさもここです。
2:塗り足し
続いて断ち切りと塗り足しです。

断ち切りは本を作った時にここでカットしますという線になっています。
ただしカットする際に紙の収縮などの影響もあって最大3ミリ程度ずれることがあります。
カットがズレた時に絵が途中で切れてしまわないように、ここまで塗り足しておいてくださいねというのが塗り出しです。

実はこれが内枠にセリフを収めるというルールと関連しています。詳しく見ていきましょう。
3:断裁ズレ
まず、大事な事として実際にカットする場所がずれたとしても本のサイズは変わりません。
つまり原稿用紙の右側をカットする時に外に3mmずれたとすると、左側はその分内側に3mmずれることになるのです。
図にしてみるとこのような感じです。

※グレーの部分がカットされて消える部分
つまりこのことを考えると断ち切りから内側に3mmの範囲もカットされてしまう可能性があるエリアということです。

赤い所が「カットされる可能性のある危険エリア」です。
ここにセリフがあったらアウトです。セリフは無残に文字の真ん中とかで切られてしまいます。
ところで「ズレると言ったって、機械は正確だし頻繁にズレるわけないのでは?」と思ったあなた。
こちらをご覧ください。

これはコミケのカタログですが、黒い索引部分を見るとズレているのが解ると思います。
縦のズレが視覚化されていますが、同じことが横でも発生しているのです。
これが断裁のズレです。たまにズレるというより、基本的にズレると認識するべき事がわかりますね。
皆さん気付いていないだけで「ズレている」のです。
4:現実的な運用
さて、こう思った方は居ないでしょうか?
「この赤いエリアに被らなければ、内枠からはみ出しても大丈夫では?」

ここで大事になってくるのが同人誌印刷所というお仕事です。
同人誌印刷所さんは基本的にアマチュア相手のお仕事です。
実際にねこのしっぽ様に取材をさせていただいたのですが、一番大変なお仕事は入稿時の原稿チェックだそうです。
基本的に皆さんお仕事をしている社会人が多いので、原稿に不備があって修正を依頼したいとなっても昼間は連絡がつかないし、連絡がついてもすぐには修正ができないということがほとんどです。
コミックマーケットのような入稿が多くなる大型イベントの時期にこのようなことがあると大変な負担です。
ここで先ほどの断ち切りの話に少し戻ります。
実は、内枠の外側に1行分程度はセリフがはみ出しても大丈夫です。

でもこれを大丈夫だと言い切ってしまうと、ギリギリを攻めすぎたり、よくわからないまま「もう少し、もう少し」とエスカレートして危険なエリアにまではみ出したりして原稿を作ってしまい、結果的にクレームになってしまうこともありえます。
ですので、安全面も踏まえて内枠の中に大事なセリフや絵は収めるようお願いしているのです。
厳密な話をすれば(同人誌印刷所さんとしては、いいよとは言いたくないと思うのですが)1行分程度であれば内枠からはみ出しても、再入稿やトラブルになる可能性は低いと言えます。
ただしあくまで基本は内枠の中ですので、原稿製作にある程度慣れている人が自己責任でやるようにしてください。
印刷所に迷惑をかけるような事が無いようにしましょう。
5:まとめ
本来同人誌印刷所は「完全原稿入稿」です。
これは、不備の無い完全な原稿を入稿する。印刷所も不備が無い前提でそのまま印刷する。結果、原稿に不備があっても、入稿側の責任である。というものです。
実は多くの場合、原稿に不備が無いかのチェックは「サービス」でやってくれているだけなのです。
内枠から文字がハミ出す場合はそのことを肝に銘じて、原稿制作に慣れていて印刷所に迷惑をかけないという自信がある方が、最大限の注意を払って行うようにしてください。
約束ですよ!
商業誌、マンガ賞投稿などの場合
1:ページギリギリのセリフ
パルミーのスタッフがとあるコミックスを読んでいた時でした。
「ページの端っこギリギリにセリフがある」
と気が付きました。
どう考えても内枠の外側と思われる位置だと思い、これが今回の調査の始まりとなりました。
ですが、ねこのしっぽ様に説明を受けて見えてきたのは、同人誌とは全く違う事情でした。
2:縮小印刷という罠
まず、同人誌の製作においては、原稿は原寸サイズで描いて、印刷されます。
B5サイズの同人誌であれば、B5サイズ原寸の原稿を制作するということです。

一方、商業紙の場合、どのようなサイズで印刷されるでしょうか。
少年誌のコミックスの場合「小B6版(新書版)」という、B6より少し小さいサイズです。
縮小して印刷されるわけです。

商業誌においては、大きく原稿を描いて小さく縮小して印刷します。
ところで、塗り足し3mmというのは紙の収縮や機械の精度による絶対的な数値です。
B5サイズの本をカットする時も、
その半分のB6サイズの時も同じく3mmの振れ幅があるわけです。
これを解りやすく図示するとこうなります。

見ての通り、右のB6原稿の方が断ち切られる可能性のある危険エリアが、内枠に近づいているのが解ると思います。
画像はB6ですが、実際にはコミックスは「小B6」(新書版)です。
通常のB6よりも、縦長比率となっていますので、小口側の危険エリアはもっともっと内枠に近づいてきます。
文庫サイズともなると、比率こそ普通ですがサイズはかなり小さいので危険エリアの比率も上がります。
さらに中綴じの雑誌の場合もっと大変です。

このように、内側のページになるほど、紙の厚みによって用紙がはみ出し、その分余計に断裁されます。
こうなるともう「1行分くらいはハミ出しても大丈夫」なんて言っていられません。
そこまで踏まえて安全ラインが内枠の中となっています。
3:まとめ
つまり商業印刷においては内枠の外側にある文字は本当に切れてしまう可能性があるわけです。
パルミーのスタッフがコミックスを読んでいて「このセリフ、内枠の外にあるなぁ」と思ったのも、かなり内枠に近い位置で断ち切られていたためそう感じただけで、実は内枠に収まっていたのだと思います。
まとめると
同人誌印刷においてはトラブルを避けるために内枠の内側にセリフを収めるようにお願いしています。
商業誌や漫画賞などの投稿においては内枠の中にセリフを収めるというのは絶対のルールだと思ってください。
印刷される媒体によってカットされる場所が大きく変動するため大事な絵やセリフが内枠の外側にあるとそこがざっくり切れてしまう可能性があるのです。
謝辞:取材協力「ねこのしっぽ」様について
最後に今回取材させていただいたねこのしっぽ様についてご紹介させてください。
東急東横線、目黒線の新丸子駅にある印刷所です。
副都心線(西武池袋線)、南北線(埼玉高速鉄道)、三田線と相互直通運転しているので、色々な所からアクセスが良好です。埼玉からでも電車で一本です。
相鉄線との相互直通も始まったので、湘南台や海老名からも気軽に来れますね!
駅を出たら商店街をただただまっすぐ歩くだけなので方向音痴の人でもたどり着ける安心な印刷所です。商店街を抜けて、大通りを渡って、もう少しまっすぐ行って「こんな住宅街に印刷所があるのか?」と不安になってきたらもうすぐ近くです。

※注意:画面右奥方向が駅です。駅から来ると右手に見えます。
持ち込み入稿用の受付がありますのでオンラインでの入稿が不安な方はここに原稿を持ってきて直接対面で入稿することもできます。
その際はデータをUSBに入れて持ってくる形になります。
(※もちろんアナログ原稿もOKです)
その場で不備がないかチェックしてくれますので、すぐに結果を知ることができて安心です。
またこの受付窓口は普段から開いておりますので、例えば特殊な装丁の本を作りたいとか、特殊なグッズを作りたいなど、できるのかどうかわからないことの相談をしてみたいという場合にもフラっと予約なしで来ていただいて大丈夫だそうです。
ただし大型イベントの入稿時期などは避けた方がいいでしょう。
今回突然このようなお願いをして詳しく教えていただいただけでなく、同人誌印刷工場の中の取材までさせていただきました。
見学させていただいた、同人誌の制作工程はまた別の機会にでも記事にできればと思っております。
丁寧にご説明頂き、誠にありがとうございます。重ねて御礼申し上げます。
〇ねこのしっぽ様、webサイト

〇「同人誌の作り方講座」


